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こんな私に「お母さん」やれるんだろうか? / 私のままで、母になる -1章-

こんな私に「お母さん」やれるんだろうか? / 私のままで、母になる -1章-のタイトル画像

「お母さん」って、優しくて献身的なイメージ。好き勝手やってきた私でも、母親になれる…?


はじめての妊娠、出産をして
母になることを考えたとき、
いわゆる「一般的な母親像」で
自分を上書きされるようで不安だった。

誰でも産んだら「母親っぽく」なれるのか?
ならなければいけないのか?

私は、私のままで、
「無理のないお母さん」になりたい。

母親になる覚悟

こんな私に「お母さん」やれるんだろうか? / 私のままで、母になる -1章-の画像1

私は、結婚して数年のあいだ、
妊娠しないようにしていた。

周囲から子どもについての
計画を聞かれると、表向きは

「転職したばかりだから、
仕事に慣れるまではしばらく妊娠しない」

と答えていたけれど、実際のところは
なかなか覚悟が決まらなかったからだ。


覚悟というのは、母親になる覚悟


「私、なんとかお母さんやれそう」という
手ごたえや見通し、自信。

そういうものがなかなか得られなくて、
どうしたら得られるのかわからなくて、
長らく「妊娠を試みる」というステップへ
移ることができなかった。


「お母さん」のイメージとわたし

こんな私に「お母さん」やれるんだろうか? / 私のままで、母になる -1章-の画像2


私が母親になることに
ハードルを感じていた理由のひとつは、
いわゆる「お母さん」のイメージと
自分自身とがずれているということだった。

子どもの頃から絵本やアニメ、CMなどに出てくる
たくさんの「お母さん」たちを
目にすることによって
私の中に刷り込まれた母親像。

彼女たちはいつも優しく微笑んでいるけれど、
お母さん自身の趣味や好きなものが
描かれることはあまりない。

家族をケアすることは常に、
お母さん自身の都合よりも
優先されているように見えた。

専業主婦でいつも家族のために
心を配ってくれた私自身の母の姿も、
「お母さん=献身的」という
私の中のイメージに影響していると思う。

こういう
「家族や子どものことを第一に考えるお母さん」
というのは慣れ親しんだ存在であったけれど、
私自身の意識としては
いつまでたっても「自分が子ども」のままだった。

自分がその「お母さん」という立場になって、
自分より誰かのことを優先して、
ときにはやりたいことも我慢して
この先十数年生きていく
なんて、想像できない。


私のためだけの、わたし

こんな私に「お母さん」やれるんだろうか? / 私のままで、母になる -1章-の画像3


他のお母さんたちは、
自分が自分のためだけのものでなくなって
好き勝手できなくなることは、
苦しくないのだろうか。

子どもを産んだら、
これまでの幸せとは別のもの
(たとえば家族に尽くすこと)を
「幸せ」と感じるようになるのだろうか。

想像してみても、
ちょっと自分にはその境地は
無理そうだと思った。

こんな私に「お母さん」やれるんだろうか? / 私のままで、母になる -1章-の画像4


私は独身時代からずっと
自分のためだけに生きてきた。

好きなこと、やりたいことを
日々にぎゅうぎゅうに詰め込んできたし、
結婚してからも何かを
我慢したり諦めたりはしなかった。

私は小さい子どもには
見せたくないような映画が好きだし、
身も蓋もないことを考えていたりするし、
動きにくくて繊細な洋服も好んで着る。

私の持つ「お母さん」のイメージとはそぐわない、
このような私にも母性はちゃんと芽生えて、
母親らしくなれるのか。

産んでから「だめでした」では困るし
子どもも自分も不幸ではないかと思うと、
なかなか妊娠する決心がつかなかった
のだ。


友だちが教えてくれたこと

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こうした悩みが少しずつ解消されたのは、
子育て中の友人たちと会うなかでのこと。

10代の頃から知っている友人たちが
子どもを抱いていて、
おしゃべりのあいまにも世話をする姿は、
かなり新鮮というか衝撃だった。

口が悪くて喧嘩っ早かったあの子や、
下ネタばっかりしゃべっていたあの子が、
優しく楽しそうに子どもに話しかけて
ちゃんとしたお母さんになっている。
(ように私には見えた、実際はそう上手くいく
日ばかりじゃないだろうけれど)

ああ、立派になって…と思っていたら、
学生時代に盛り上がっていたのと同じテンションで
下ネタ満載に出産体験を語られて脱力した。

でも、大変だっただろう出産の体験を、
感動的にではなく面白おかしく
あけっぴろげに話して
どっかんどっかん盛り上げちゃうのって、
サービス精神が旺盛な彼女らしくてとてもいい。


子育てを通して
新たに彼女に顕れた一面もあれば、
出産したからって
変わらないところもあるのだ
と知った。

これまで私が持っていた漠然とした
「お母さんのイメージ」が、
現実感のある生身の「お母さん」に
更新された瞬間だった。

昔から知っている友人が
ちゃんとお母さんになっていて、
でもべつに別人になってしまったわけじゃない、
というのを見せてくれたのが
よかったのだと思う。

考えてみれば当たり前のことだけれど、
親しい友人がそれを体現して
見せてくれたことで

「産んだからって無理やり
変わらなくてもいいのかもしれない」


と少し力を抜くことができた。

これまでみたいにがちがちに身構えなくても、
いろんなお母さんがいていいんだな、
自分にもやれるかもなと思えたので、
夫と相談の上妊娠を試みることにしたのだった。


それからしばらくして、私は妊娠した。



▶第2章
妊娠したわたしを待っていたのは、
母親予備軍としての生活だった…?

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この記事を書いた人
菅原那由多の画像
菅原那由多

「私は、私のままで、母になりたい…。」

はじめての妊娠、出産、そして、母になったわたしには、
「一般的な母親像」との葛藤がたくさん待っていた。
誰でも...

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