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3.11も「いつもの朝」だった。子育てをしていた私の震災体験談 (1)

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2011年3月11日(金)―…その日の朝は、夫を玄関で見送り、息子を保育園に送り届ける…そんな、いつもの朝でした。
宮城県在住、イラストレーターであるアベナオミがおくる被災当時の体験談と防災アイディアを全8回の連載でお届けします。

宮城県在住、

イラストレーターであるアベナオミがおくる

被災当時の体験談です。

「いつもの1日」のはずだった、3月11日

3.11も「いつもの朝」だった。子育てをしていた私の震災体験談 (1)の画像1


東日本大震災発生当時、私は車の運転中。

夫は海に近い会社、
1歳7ヶ月の長男は保育園。


揺れがおさまったので、

すぐに息子を迎えにいきました。

3.11も「いつもの朝」だった。子育てをしていた私の震災体験談 (1)の画像2

車を走らせ、

今度は夫の会社に向かいましたが、

停電で信号が止まり、どこも大渋滞。

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いつもなら通るはずの国道を避けたこと。

これが実は、私たちの命を救っていたのです。

知らず知らずに命拾いしながら

夫の会社の近くまで行きましたが、

通行止めで夫と会うことはできず…。


あきらめて自宅アパートに帰りました。

まだ寒い3月。自宅に帰っても…

3.11も「いつもの朝」だった。子育てをしていた私の震災体験談 (1)の画像4


暗くて寒くてテレビもつかない状態。

そのため、20時には子どもと寝室へ。

万一避難するかもしれないことを考え、

靴下もコートもマフラーもしたまま、布団に入りました。

そして22時ごろ…夫が帰宅

3.11も「いつもの朝」だった。子育てをしていた私の震災体験談 (1)の画像5


実はちょっと

「夫は津波にさらわれてしまったのでは?」と

思い始めていた矢先の帰宅!!

嬉しかったです…。

夫の口から「津波」という言葉を聞き、

「本当に津波がきたのか」と実感したのでした。

3.11も「いつもの朝」だった。子育てをしていた私の震災体験談 (1)の画像6

ラジオをつけたまま寝ることにしましたが、
深夜になるにつれ深刻な被害の情報が入り始めました。

それまで

「大きな地震だったけど明日には日常が戻る?」

と思っていた希望は

どんどんすり減り

「もしかして阪神淡路大震災と同じくらい、大変な地震なのかもしれない」

と感じ始めたのでした。


▶2話へ続く。
 次回更新は、3月7日(水)の予定です。

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この記事を書いた人
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アベナオミ

宮城県生まれ、宮城県在住。日本デザイナー芸術学院仙台校のイラストレーション科を卒業後、地元情報誌のデザイナーをしつつイラストレーターとしても活動。2016年にフ...

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