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義実家での"作り笑顔"も、そろそろ限界を迎えそうな私。 / 第1話 sideキリコ

義実家での"作り笑顔"も、そろそろ限界を迎えそうな私。 / 第1話 sideキリコのタイトル画像

子どもが生まれた。親になった。
家族と過ごす時間だって大事にしたい。
でも小さい頃からの夢だった仕事だってあきらめたくない。

――12月のある土曜日、キリコ・満そして息子の奏太は朝早く埼玉県川口市の自宅を出て、満の実家のある岐阜へ来ていた。

義実家での"作り笑顔"も、そろそろ限界を迎えそうな私。 / 第1話 sideキリコの画像1
義実家での"作り笑顔"も、そろそろ限界を迎えそうな私。 / 第1話 sideキリコの画像2

第1話 side キリコ



あー、寒い。この待ち時間は私にとって何の時間なんだろうか。

いや、でも雨じゃなくてよかった。雨だったら終わってた。


12月のある土曜日。

私たち円田家は朝早くに埼玉県川口市の自宅を出て、新幹線で岐阜県岐阜市に来ていた。

その理由は観光でも、スキーをやるためでも、美味しいものを食べるためでもない。

夫・満の両親が、経営するラーメン店『おぼろさん』を今日の午前営業をもって引退するためである。


オープンしてから35年。

息子の受験の日も、孫が生まれた日もずっと持っていたどんぶりを置いて、経営を長男夫婦に任せるらしい。

ラーメンを食べ終えたお客さんたちは皆帰らずに、店の前で義両親の挨拶を待っている。





キリコ 「すごいねー。愛されてるね、おぼろさん。けっこう人いるよね。30はいるよね?」

   「まぁ、息子にとっちゃ微妙だけどね」

キリコ 「なんで?」

   「おぼろさんのせいで、俺は親父に遊んでもらった記憶があんまりないの。ラーメン、仕込み、掃除、ラーメン、疲れて寝る。俺はそんな父親になりたくないなぁ」

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冷めた夫の言葉を聞いていると、やっと店の中から白いエプロンを付けた人が出てきた。

夫の両親であるミノルと真由美、夫の兄ツヨシと千晶夫婦、そしてツヨシの息子・雷真もいる。

やんちゃだったらしい20歳の雷真も今ではすっかりラーメン道に命を注ぎ、坊主頭で修行僧みたいだ。


ミノルが年季の入った三角頭巾を取り、集まった人たちに一礼し話し始める中、私は寒さに体を揺らしお客さんたちとの温度差を感じていた。

息子の奏太は私の足元で懸命に木の枝を集めている。


私は夫と小声で話し続ける。



キリコ 「自営業ってそんな感じなの?」

   「うちはほぼ年中無休状態だからね。大晦日も蕎麦の代わりにラーメンを食べて年越しする常連さんのために開けてたし、正月も初詣帰りとか、おせちに飽きてとか、けっこう来るんだよね」

キリコ 「すごいね。さすが地元人気店」

   「……あー、でも1月の最後の日曜だけは毎年、店を閉めて家族でほうれん草の収穫に行ってたな」

キリコ 「ほうれん草? なんで?」

   「店で使う野菜を下ろしてもらってる園芸振興会ってのがあってさ。お世話になってるからほうれん草の収穫の手伝いをね、朝6時ごろから。1月の終わりだよ?」

キリコ 「想像しただけで寒いね」

   「でも…なんだろ。唯一、家族で出かける日曜日だったから大イベントだったっていうか。グレてた兄ちゃんもそれだけはちゃんと来てたな」

キリコ 「へー」

奏太  「ねぇ、もうお腹すいた!」

キリコ 「しーっ。もうちょっとで終わるから。」



おじいちゃんの最後の言葉など興味のない奏太がグズり出すと、「みっつーは挨拶しなくていいの?」という声が背後から聞こえてきた。

義実家での"作り笑顔"も、そろそろ限界を迎えそうな私。 / 第1話 sideキリコの画像6

そこには年賀状でしか見たことのない2人の男性が立っている。

1人はえびす顔で…確か地元の不動産王・江原さんだ。

で、その隣は…もうアラフォーだというのに、キャップを斜めにかぶり、ダボダボの服、耳にはシルバーのピアスが光っている。

彼はたぶん元ラッパーのTAKAHIROさんだ。

元ラッパーと言っても、ラッパーが職業だったわけでもないし、今も時々地元のライブハウスで歌ってるらしいから、兼業ラッパーだろうか。

いや、趣味・ラッパーか。

夫が前に、「タカヒロはいつも韻を踏みたがる」と言っていたけど。



   「なんで俺まで挨拶するんだよ。…ていうかさ、土曜の昼間に遊んでていいの、君たち? 稼ぎどきなんじゃないの?」

タカヒロ「俺は休日、本日吉日」



私は吹き出しそうなのを必死で堪える。



江原  「俺はちょっと抜けてきた。俺たちにとってはおじさんのラーメンがおぼろさんの味なんだから、最後の日に来ないわけないでしょうが!」



そうそう。江原さんはムードメーカーだと夫が言っていた。わかる。にじみ出てる、お調子者感。年賀状の写真には、2人とも小学生の子どもと写っていたなぁ。



江原  「なぁなぁ、夜飲みに行こうぜ」

   「…うーん」



夫が私の様子を伺うようにチラリと私を見る。私は得意の外面を発揮し、夫に笑顔を向ける。



キリコ 「奏太が寝てからならいいよ!」

江原  「よっしゃ決まり!」

タカヒロ「奥さん本当はおかんむり? 本当はムリ? みっつーげっそり?」

   「大丈夫。おそらくね…」

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お昼ご飯は義実家で『35年お疲れ会』だ。名古屋で一人暮らしをしているツヨシの次男・風真もきていた。

まだ19歳の風真は綺麗な金髪で眩しい。


奏太  「にいに! こっちこっち!」

風真  「おー、奏ちゃん、少し背が伸びたんじゃない?」

雷真  「奏太、このおもちゃ兄ちゃんたちが使ってたんだよ」



奏太は場所見知り、人見知りがあるけど、年に数回会っている2人にはとても懐いていて、ご機嫌で遊んでいるからかなり助かっている。


夫はずっとのんきにツヨシとテレビゲームに熱中…。

ミノルはラーメン店新規オープンのチラシを真剣なまなざしで見ている。さっき引退しましたよね??


そして私は…。
千晶と真由美がテキパキと動くキッチンの隅で何をしたらいいのか分からずソワソワしていた。



千晶  「奏ちゃんが遊んでくれるから、いろいろ捨てずに取っておいてよかった」

キリコ 「……え、あ! ありがとうございます」

千晶  「倉庫の中にね、スキーグッズと補助輪付きの自転車もあったから、掃除しておくね。今度来た時に遊べるように」

キリコ 「すみません…。ありがとうございます……あの、なにか手伝うこと」

真由美 「いいのよ。キリコちゃんも座ってて。遠くまで来て疲れたでしょ」

キリコ 「…いや、でも」

千晶  「あ、そうか何もしないのも気をつかうよね。そうだな…取り皿とかお箸とか、運んどいてくれる?」

キリコ 「はい。………あの」

真由美 「なーに?」

キリコ 「…どの引き出しでしたっけ?」

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そんなこんなで茶の間にはこたつの横に『お客さんが来た時用』のローテーブルが置かれ、テーブルの上には刺身やら、天ぷらやら、からあげやら、ビールやらが並んだ。


なんとメインはラーメン…。どんだけラーメン好きなの…。



ミノル 「家のラーメンは家のラーメンで美味いんだよなぁ」



嬉しそうな表情でラーメンを食べようとするミノルを、こちらは唖然とした表情で見ていると、ぱっとツヨシがミノルの手を掴んだ。



ツヨシ 「父ちゃん、まずは挨拶したらどうなの」



挨拶はもういいよ…。声に出そうになって慌てて鼻の下を触るふりをして口を手で覆う。



ミノル 「挨拶? さっきしただろ。麺が伸びる」

真由美 「家族なんだし、いいんじゃない? 食べながらで」



そうだそうだ、心の中でうなづいていると、



奏太  「もうおなかすいた!いただきます! …はい、みんなせーの!」



奏太の掛け声で「いただきます」をし、みんなずるずるとラーメンを食べ始めた。



ミノル 「あー、満、キリコちゃん」

キリコ 「…あ、はい」

ミノル 「おぼろさんの店とか、土地とか、そういうの全部ツヨシたちに譲るから、満たちには家を建てる金を少し助けてやろうと思ってる」

キリコ 「…あ、すみません。ありがとうございます」



夫をチラリと見たけど、無視して黙々とラーメンをすすっている。

相槌を丸投げされ、軽くイラッとした私は思い切りラーメンをすすって不機嫌さを伝えようとするが、夫はまったく気づかない。

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真由美 「これまでお店のことばかりで、奏ちゃんのお世話とか全然手伝えなくてごめんね、キリコちゃん」

キリコ 「いえ…」

真由美 「これからは家で暇してるだけなんだし、いつでも川口にお手伝い行けるからね。奏ちゃんともいっぱい遊びたいし。何でも言ってね」

キリコ 「ありがとうございます…」

ミノル 「ずーっとここにいたからな、色んなところに旅行したいなぁ。家族で行くのはどうかね、皆さん。全国ラーメンの旅」

風真  「けっきょくラーメンかよ。別のモノが食いたいわ」

キリコ 「あははっ!」



思い切り笑ってしまい、慌てて風真から目を反らすとツヨシが夫の腕を突いた。

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ツヨシ 「ところで、なぁ」

   「…なに?」



またはじまった。

私は聞こえないふりをして、キープしたままの作り笑顔でサツマイモの天ぷらを食べる。美味しい。



ツヨシ 「お前ももうアラフォーの仲間入りだし、家はどうすんだよ」

   「またその話か。今住んでるあたりで探してはいるからさ。内見してるよ。ね? キリ」

キリコ 「うん…」



私は夫を見ずに答えた。この会話に巻き込まないで!



ツヨシ 「え…埼玉に家を買うって本気なの?」

   「まぁね」

ツヨシ 「なんの縁もゆかりもないのに?」

   「だからさー、そんなもの地元以外ないよねって言ってるよね?」

ツヨシ 「だーかーらーさー、じゃねえよ。いっつも言ってんだろ。地元に家を建てればいいんだよ。親父たちもどんどん年取ってくし何かあった時に兄弟が近くに住んでた方がいいだろ?」

   「それはそうかもしれないけど…地元以外に家を買ってる人なんていくらでもいるでしょ?」



そーだ、そーだ。私は机の下で小さくガッツポーズをした。



ツヨシ 「いやいやいや、ここら辺のやつらは帰ってきてるから」

   「戻ってきてるのはみんな長男じゃん。俺は次男だよ? うちは兄ちゃんがしっかり実家を継いでくれてるから安心だよ。ありがと、にいに」

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話をはぐらかそうとした夫がツヨシの肩を叩くと、ツヨシが強引に夫を抱きしめた。



ツヨシ 「満~! お前が遠くに家を買ったらさ、よぼよぼのおじいさんになったら年に数回ですら会えなくなるかもしれないんだぜ? 寂しいよー、寂しいよ、兄ちゃんは。お前は平気なわけ?」

   「酒くさいからやめてくれます?」



嫌がってツヨシから離れようとする夫を助けようと奏太が走ってきた。あーあ、行っちゃったよ。正義の塊・三歳児。



奏太  「パパがやめてって言ってるよ! やめて!」



果敢にツヨシに向かって行った正義の塊は呆気なく捕まってしまう。



ツヨシ 「あー、奏太のお肌つるつる。可愛いなぁ」

奏太  「わ~! パパ、助けて~! ママ~!」



がんばれと心の中で応援しながら巻き込まれないように、続いて刺身を食す。うんまい、この白身魚。



ツヨシ 「こーんなカワイイ奏太にさ、お前たち2人の老後の面倒を1人でさせる気なの?」

   「え?」

ツヨシ 「なーなー、キリコちゃんも聞いてー」



私はピクリと体を震わせ、ロボットの動きのように首をツヨシの方に向ける。



キリコ 「………はい」

ツヨシ 「このまま奏太が1人っ子だった場合、そうなるよね?」

キリコ 「…ですね」

ツヨシ 「だけどさ、うちの息子たちが近くにいればさ、奏太よりもお兄ちゃんなわけだし、色々と助けてやれると思うんだよ。そうだろ? 地元に家を買うってことはさ、俺ら世代が死んだときだって奏太にとっても安心なんだよ」

   「そんなこと言ったって…。こっちに俺がやってる仕事があるわけないじゃん」

キリコ 「…パパももうアラフォーだしね。…異業種に転職は難しいよね」

ツヨシ 「…それは…そうだけどよ」

キリコ 「それに奏太の幼稚園ももう…」

千晶  「ここら辺になくても、名古屋にはあるんじゃないの?」



もうひと押し…というところで、さらに強い敵が現れてしまった。



   「………」

キリコ 「………」

ツヨシ 「そうだよ! みんな名古屋に通ってるよ」



あぁ、作り笑顔がキープできる時間が切れてしまう。カラータイマーが赤く点滅している!

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真由美 「もうやめなさいよ。キリコちゃんが困ってるでしょ」


追加の天ぷらを持ってきた真由美が援軍として現れた。


千晶  「でもキリコちゃんのお仕事はどこにいてもできるって満くんも言ってたし」

キリコ 「あぁ…まぁ…そうですね」

千晶  「私も満くんたちが近くにいたら嬉しいな。GWとか、年末年始とか連休はおぼろさんも混むし、何でもない時にゆっくり会えたらって思うもん」

キリコ「………」


『そうですか。あなたたちの気持ちは分かりました。では言わせてもらいましょう。

プレに通っている川口つばさ幼稚園に、もうすでに願書を出しました。

それに私の実家は栃木県です。

私たちが、そんなもろもろをひっくるめても岐阜に家を買うメリットが何かありますかね? あるなら教えていただきましょう』

なんて言えるわけもなく、私は黙って海老の天ぷらを口に押し込んだ。


キリコ 「…あぁっ! …ああついぃ」



まさか1ヶ月後、私たち夫婦の人生を左右する選択を迫られることになるとは夢にも思わずに――。

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▶︎▶︎ 次回、第2話は、2/9(金)公開予定!

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前作をまだ読んでない方におすすめ!

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この記事を書いた人
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さいとう美如

フリーライター。映像作家の岩井俊二に師事し、2005年にラジオドラマで脚本家デビュー。映画『虹の女神』、恋愛スマホゲーム『花婿ロワイヤル』、そのほか小説、漫画原...

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