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迷ってるうちに「幸せ」は誰かのものになっちゃう、か。 / 13話 side満

迷ってるうちに「幸せ」は誰かのものになっちゃう、か。 / 13話 side満のタイトル画像

名古屋のフォトスタジオの求人に心揺れ、迷いながらも転職エージェント土井に連絡をとった満。「実際にお店を見に来ませんか?」と言われ週末に奏太を連れて実家のある岐阜へ帰省する。奏太と出かけた公園で、地元の同級生で不動産屋の江原と会うのだが――。

迷ってるうちに「幸せ」は誰かのものになっちゃう、か。 / 13話 side満の画像1

第13話 side 満

子ども頃によく遊んだ公園でわが子たちを遊ばせながら、これまた子どもの頃からよく見ているえびす顔の江原が俺に向かってにやりと笑みを浮かべている。


江原  「プレに行ってない奏太くんでも桜庭幼稚園に入れるから」

   「どうして? 人気なんでしょ? プレに行ってないと入れないって今言ったばかりじゃない」

江原  「チッチッチッ」


得意げに人差し指を揺らす江原がうざい。けど俺はそういうこと言わない主義。平和主義。


江原  「俺たちには『卒園生枠』があるから」

   「なにそれ」

江原  「家族が卒園してると、優先的に入れるらしいよ」

   「へぇ。もう30年以上前の卒園生なのに?」

江原  「あー! てかさ!」

   「なに?」

江原  「毎週火曜はプレだよ。奏ちゃんも行ってみたらいいじゃん」

   「え? なんかいろいろ突っ込みところがあるけど、まずさ、プレって事前に申し込みが必要なんじゃないの? 今の幼稚園はキリがなんだかんだ言いながら、去年申し込みしてたような気がするけど」

江原  「ま、基本はね! でも引っ越しで抜けちゃった子もいるし、きっと大丈夫だよ! 問題ナッスィング!」

   「テキトーだなー、相変わらず」

江原  「まぁ、任せろって! 俺の父ちゃん、園長とゴルフ友達だから、今度のプレに奏ちゃんも行けるように電話してもらうよ」

   「ちょっと裏口っていうんじゃないの、それ」

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「ははっ、大げさだな」と笑って何も答えない江原を見つめる。

すごい力持ってんだね、地元の不動産王って。こわいね。

でも円田家でいちばん力を持ってるのはキリだな。怒らすと不動産王よりこわいからさ。


   「でもうーん…キリに聞かないとかなぁ。実際問題、川口の幼稚園にすでに願書を出してるしね」

江原  「別にいいじゃん。幼稚園に遊びにいくぐらい。プレに行ったからって入園しなくちゃいけないわけじゃないんだしさ」

   「そうだけどさ、家は川口なわけだし」

江原  「みっつー、そんな悠長なこと言ってると、ぜーんぶ誰かの物になっちゃうよ。欲しいものはすぐゲットしないと」


うっ。俺が返答に詰まっていると、「お父さん!」と呼ぶ声がして、江原の息子ふたりが砂場に走って来た。

手にはグローブと野球のボールを持っている。


   「わー。見ない間にすっかり少年になってるね。野球やってるんだ?」

長男  「うん」

次男  「そうだよ」

   「もしかして」

江原  「そーそー。親子2代でちびっこエレファンズよ」


エレファンズは俺も江原もタカヒロも入っていた小学生野球チームで、市内で「ゆるいチーム」として有名だった。

だからか、意外と保護者から人気があった。

「お友達づくりに」「運動習慣に」という感覚で、「何が何でも優勝するぞ!」というチームとは違った。


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そもそも俺は野球に興味はなかった。

内気だったし、9人で戦うなんて、考えただけで胃が痛い。

個人競技なら負けても勝っても自分のせいだからいいのだけど。


でも内気な俺を、インドアな俺を、心配した祖父母が「よかったら入会してみようよ」とすすめてきた。

何度も言うようだけど、円田家は「おぼろさん」が優先される家。

何かと孫の面倒を見させられている祖父母に対して俺は申し訳なさを感じていたから、初めての祖父母のすすめに「NO」を返せず、「うん」と答えた。

そこにはごくわずかな「期待」もあった。



「もしかしたら…もしかしたら父ちゃんと母ちゃんが試合を見に来てくれるかもしれない」と。

なぜなら親父は大のドラゴンズファンで、といっても「おぼろさん」最優先だから試合は見に行けないのだけど、いつもお店のテレビで野球中継を流し、調理しながら見ていた。

もしかしたら次は、次の試合は…と一縷の望みをかけて練習を頑張ってるうちに、意外と足が速いということが判明し、俺はセンターのポジションになった。

だけどいつも試合を見に来るのは祖父母で、淡い想いはいつしか消えた。

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それでも野球をすすめてくれた祖父母に感謝している。

人見知りで本音をうまく言えない俺が今でもずっとチームメイトと繋がっているのは、同じことに一生懸命になれたあの日々があったからだと思う。


その頃、図書館でファッション誌を見ることにもはまった俺は、中学では図書館通いを優先するため野球部には入らなかった。

部員ゼロで活動内容が少ない文芸部に入り、おじいちゃん先生とたまに短歌を作った。

何気にそれも趣味として残っているから、人生ムダなことはないのかもしれない。



そしてお年玉をちょこちょこ使いながら岐阜駅近くにあった古着屋で服を買い、リメイクに夢中になっていった。

…懐かしいな、あの古着屋まだあるのかな。行ってみようかな。

ぼんやりと思い出に浸っていると、「あれ、あれだよ」と江原が何かを指さした。


   「…ん? なに?」

江原  「すぐそこなんだよ。あの白い家。ほら、前に言ったオススメの新築戸建て!」

   「あぁ」

江原  「今、鍵とかないし、外からしか見えないけど、行ってみる? 行っとく?」

   「どうせ行くまでしつこく言うんでしょ? 行ってみますよ」


まぁ、散歩がてらに、と立ち上がり、尻に付いた砂を払う。

奏太の砂も落としていると、江原ジュニアたちは手を繋いで走って先に行ってしまった。


   「あれ、危ないんじゃないの?」

江原  「大丈夫だって。家まで遊歩道だから。兄ちゃんたちもいるし」

   「あぁ…そう。奏太も行ってくれば?」

奏太  「だっこ」

   「…えー」


甘ったれの奏太を抱っこしながら歩いていくと、白い家が見えてきた。

シンプルな外観に、車三台分ほどの駐車スペース。

そして…庭。駐車スペースと同じくらいの広さがある庭…。


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江原  「いいだろ!? 他の家と適度な距離があるからうざったくないし、幼稚園も小学校も中学校も近いときたもんだ!」

   「……」


あぁ、言葉が出ない。

まさにキリと話していた「理想の家」じゃないか。


奏太  「あ! パパ、てんとうむし」

   「ちょ、あぶない」


俺の腕から無理やりすり抜けた奏太が、庭にしゃがみこんで小さな虫を小さな指で突く。


江原  「こらこら、まだ奏ちゃんちじゃないんだから、敷地に入っちゃ駄目よ」

   「まだって…おい」

江原  「え、だってほしいんでしょ? 顔に書いてあるけど?」

   「え…」


真に受けて思わず頬をさする。そんなわけないか…。

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江原  「もう30年近い付き合いなんだから、すぐにわかりますよ」

長男  「30年!? すごーい。おじさん、何歳?」

江原  「お兄さんと呼びなさい! パパとおなじでまだ若いんだから!」

次男  「お兄さんこの家、買うの?」

   「いや…どうかなー」

江原  「売れちゃうよ~。みっつーが迷ってる間に、幸せが誰かのものになっちゃうよ~」

   「……」

江原  「だってこの好条件で3000万円切ってますもの」

   「えっ」

江原  「しかも決算期だから、俺が値引き交渉したる」


商売上手な江原に乗せられて思わず「ほしい。買う」と言ってしまいそうになるのを飲み込み、俺は冷静を装って、家の写真を何枚かスマホで撮った。



そして桜葉幼稚園のプレのことと、この家の価格を添えてキリにメッセを送った。

…果たしてどんな返しが来るか。


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――その後、「もっと遊ぶ!」という子どもたちを連れて、江原の車で運動公園に向かった。


奏太  「わきゃー!」


車から大きな遊具を見つけた奏太は俺の膝の上で悲鳴に似た声を出した。

奏太は江原の子たちと一緒に…は遊べないけど、何度も何度も大きな滑り台を滑って笑顔を見せている。


そんな奏太を江原が見守ってくれているから、俺は枯れた芝生の上に寝転がった。

空が広い。弾むボールの音、草の揺れる音、かすかにどこかで水の流れる音も聞こえてくる。


昔は地元に洒落たカフェもなかったし、ほしい服も売ってなかった。

でも子どもの頃の自分にとっては自由に楽しめる自然がたくさんあって魅力的だったことを今、思い出した。


奏太  「パーパ!」


聞き慣れたかわいい声がし、奏太は俺の横にコロンと仰向けになった。


奏太  「きもちいねぇ」

   「ちょっと寒いけどね」

奏太  「あ! くじらさんだ」

   「あの雲? そうだねー」


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あぁどうも、今の俺にもここは魅力的かもしれない――。


帰りの車で寝てしまった奏太が5時を過ぎても起きず、親には内緒でフォトスタジオを見に行きたい俺はそわそわしていた。

もたもたしてると閉店時間になるぞ…。


   「…キリがあと一時間くらいで名古屋だって。…どうしようかな」

真由美 「奏ちゃんのことは見てるから、名古屋駅まで迎えに行ってあげたら?」

   「あー…そうしようかな」

真由美 「たまには2人でゆっくりお茶でもしてきな」

   「あー…うん。じゃ行ってくる」


母ちゃんの軽自動車に乗り込みエンジンをかけると、ラジオから女性DJの声が聞こえてきた。


ラジオ 「熱い夏が待ち遠しいですね。青いぽんかんさんのリクエストで、ソイルアンドピンプセッションズ、サマーゴッデス」

   「…わー、懐かしいこれ」


キリと付き合い始めた頃、よく俺の家で聴いていた曲だ。

…そういえばキリ、打ち合わせはどうだったんだろう。朝は緊張してるように見えたけど、うまくいったかな? 

名古屋駅に向かって車を走らせながら、そんなことを考えていた。


まさかその打ち合わせが円田家の今後を変える決め手になるなんて思いもよらずに。

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▶︎▶︎ 次回、14話は、3/27(火)20時公開予定!

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この記事を書いた人
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さいとう美如

フリーライター。映像作家の岩井俊二に師事し、2005年にラジオドラマで脚本家デビュー。映画『虹の女神』、恋愛スマホゲーム『花婿ロワイヤル』、そのほか小説、漫画原...

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