1. 総合トップ
  2. >
  3. 子育て
  4. >
  5. 7-12歳児
  6. >
  7. ああ、もう。あんなこと言うべきじゃなかった。/ 娘のトースト 2話

ああ、もう。あんなこと言うべきじゃなかった。/ 娘のトースト 2話

ああ、もう。あんなこと言うべきじゃなかった。/ 娘のトースト 2話のタイトル画像

唯の部屋に落ちていた書き損じの手紙を読んでしまい、それを唯に見つかってしまった母の庸子。その時、思わず言った一言が唯を傷つけてしまう。

トーストがない


今朝、唯はトーストを焼いてくれなかった。

テーブルの上に、目玉焼きとスープを置き、ため息をつく。

というか、まだリビングに姿もあらわさない。いつもだったら、たまに寝坊で遅れることはあっても、私が物音をたてている間に起きてくるのに。

昨日のこと、やっぱり怒ってるよね。

ドアの前に立って耳をすませてみる。

「唯、起きてる?」

声をかけてみても返事はなし。ドアを開けるかどうか少し迷って、やめた。テーブルに戻り、一人で目玉焼きとスープを食べる。

家を出る時に「ママ、行ってくるね。テーブルの上にごはんあるから」と、ドアに向かって声をかけたけれど、やっぱり返事はなくて、私はため息をつきながら仕事に出かけた。

ああ、もう。あんなこと言うべきじゃなかった。/ 娘のトースト 2話の画像1

後悔


「ありさへ」とはじめられた手紙は、まぎれもないラブレターだった。

目にしていた時間はほんの数秒だったけれど「ずっと大好きだった」「友達としてじゃなくて」と唯の字で書かれた言葉が、今もはっきりと思い出せる。

それにしても、なんで手紙を読んだりしてしまったんだろう。ああ、本当に失敗した。しかも、それを唯に見つかるなんて。

「ごめん、落ちてたから、何かと思って……」

言い訳にもならない私の言葉に、唯は首を振り、うつむいた。その肩が小刻みに震えていて、私は焦る気持ちでさらに口を開いた。

「いいと思うよ。女の子が好きだって、いいと思う。こんな手紙が書けるなんて、素敵だと思う」

ああ、もう。あんなこと言うべきじゃなかった。/ 娘のトースト 2話の画像2


早口で言うと、唯は、驚いたようにパッと顔を上げ、私を見た。

今思えば、そこでやめておけばよかったのだ。

その後が、余計だった。

「それに、きっと、いつか普通に男の子を好きになるから。唯ぐらいの年の子で女の子が気になるのって、よくあることだと思うよ」

言い終わらないうちに、唯は無表情で私に近づき、あっという間に手紙を奪い取った。

そして、両手で私の背中を強く押した。すごい力だった。

「唯、ちょっと待って、ごめん、ちがうの」

押された背中から、唯の強い拒絶が伝わる。

謝る私の言葉など聞こえないように、唯は黙ったまま、私の体を部屋の外へと追い出し、バタンと大きな音をたててドアを閉めた。

それから、唯は一日中部屋に閉じこもった。約束をしていたはずの友達にも会いに行かず、ほとんどずっと部屋の中にいた。

何回かキッチンに姿を見せたけれど、食パンやお菓子を手に取ると、すぐに部屋へ戻った。

その度に、私は声をかけて謝ったけれど、唯は、一度も、私の顔を見ることすらしなかった。

ああ、もう。あんなこと言うべきじゃなかった。/ 娘のトースト 2話の画像3

会話

ちゃんと唯と話をしなくちゃ。

手紙発見から二日目の朝、目を覚まし、ベッドに寝転がったまま、心を決める。

いつもより丁寧に朝食をつくって、唯を起こそう。

そう思いながらリビングにいくと、そこに唯がいた。「うわ」と思わず声が出たけれど、唯はテーブルに向かって座ったまま、こちらを見ない。

自分で用意したのだろう。トーストと牛乳だけの朝食を食べ終わるところだった。

「起きてたんだ、早いね。おはよう」

私が声をかけると、こちらを見ないまま「あのさ」と言う。

「目玉焼きとかスープとか、もういらないから。自分でトースト焼いて食べるから。中学に行って、部活の朝練とかあったら、これからママと時間合わせるのも大変じゃん?自分のは自分でできるから、別々でいいよ、もう」

そう言うと、私が何か言う前に立ち上がり、皿とコップをシンクに置いて、さっさと自分の部屋に行こうとする。

ああ、もう。あんなこと言うべきじゃなかった。/ 娘のトースト 2話の画像4


「トーストだけじゃ、ダメだよ。育ち盛りなんだから。一日持たないでしょ」

「お昼と夜ごはん食べるから平気」

「そういう問題じゃなくて。朝にしっかり食べないと」

「じゃあ、バナナとか買っておいてよ。勝手に食べるから」そう言った唯は、ほんの少し考えるように間を置いた後、「やっぱりヨーグルトにする。ギリシャのやつ」とつぶやいた。

なんだそれ。反抗するなら反抗するで、自分でやってよ。親を頼るな。

と思ったものの、もちろん言葉にはせずに、口をつぐむ。そうしている間に、唯は何も言わずに部屋に入り、バタンとドアを閉めた。

あれじゃ、話をするどころじゃないじゃない。

自分のためだけに料理をする気になれず、私もトーストだけでいいやと、袋から食パン取り出した。

唯がガスコンロの上に置いていったままの網の上にそれを置き、火をつける。

それから、唯が置いていった皿とコップを洗う。

ああ、もう。あんなこと言うべきじゃなかった。/ 娘のトースト 2話の画像5

焦る。焦げる。


最後まで食事の後片づけもできない、自分でヨーグルトを買うこともできない、そんな娘に、なんて言っていいのかわからずにいるのは、自分でも、自分のしたことがほめられたことじゃないとわかっているからだ。

落ちてたからといって、手紙を読んでしまったことも最低だし、それに「いつか男の子を好きになる」という言葉も、言うべきじゃなかった。

あれは、たぶん、私がそう思いたかっただけだ。唯が唯らしく生きてくれればいい、そう思っていたはずなのに、咄嗟にあんな言葉が出るなんて。

だからって、どうするのが正解なんだろう。娘が女の子のことを好きらしい。それに対して、どうしたらいいんだろう。

香ばしい匂いに我にかえると、網の上のパンがこげていた。あわてて火を止めたものの、片面だけが黒々としてしまっている。

「ああ、もう」

引き出しから取り出したナイフでこげを削る。目立つ部分だけを適当に取り除き、バターを塗って一口かじる。苦い。

このままじゃだめだ、と私は思う。

このままじゃ、だめだ。早くいつもの朝食を取り戻さないと。

そう決意して、私は、トーストに残った一番こげたところを、ガリリと噛みしめた。


次回、「行き詰まる庸子に、会計士の中村さんが声をかける…」

ああ、もう。あんなこと言うべきじゃなかった。/ 娘のトースト 2話の画像6

当社は、この記事の情報、及びこの情報を用いて行う利用者の行動や判断につきまして、正確性、完全性、有益性、適合性、その他一切について責任を負うものではありません。この記事の情報を用いて行うすべての行動やその他に関する判断・決定は、利用者ご自身の責任において行っていただきますようお願いいたします。また、表示価格は、時期やサイトによって異なる場合があります。商品詳細は必ずリンク先のサイトにてご確認ください。

この記事を書いた人
狩野ワカの画像
狩野ワカ

ライター/エッセイスト。自由奔放な2歳の娘と娘溺愛の夫との3人暮らし。フリーペーパーやWebにて、取材記事・エッセイを中心に執筆しています。...

  1. 総合トップ
  2. >
  3. 子育て
  4. >
  5. 7-12歳児
  6. >
  7. ああ、もう。あんなこと言うべきじゃなかった。/ 娘のトースト 2話