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小さい頃は、全身まるごと抱きしめてあげられたのに/ 娘のトースト 7話

小さい頃は、全身まるごと抱きしめてあげられたのに/ 娘のトースト 7話のタイトル画像

「結婚式で両親に渡す花束を作って欲しい」それが、中村さんから唯へのお願いだ。庸子はそれを、本人にどう伝えるべきか迷っていた。さらに具合が悪いことに、唯は今朝から元気がない。庸子はうまく話を切り出せるのか…。

天気予報

コーヒーを一口飲み、そっと唯の顔をうかがう。なんだか元気がない。焼いてくれたトーストも、今日はいまいちだ。

「今日、夜はおばあちゃん家ね。連絡してあるから」

ぼんやりとテレビを見る唯に声をかける。

たて込んだ仕事を片付けるため、今夜は閉店後に作業をすることにしていた。今日みたいな日には、唯は母の家で夕食をとる。

「うん」

「終わったら迎えに行くから」

「うん」

機械的なあいづち。なにを考えているんだろう。

中村さんのことは、また今度にしておいた方がいいかな。

唯の朝練や私の仕事が重なり、朝にゆっくりと話をすることができず、中村さんや結婚式の手伝いのことも切り出せないままでいた。

今日こそはと思ったけれど、もうちょっと様子を見てからにしよう。

「夜から雨だって。傘持っててね」

テレビに映った予報を見て私が言うと、唯は、また「うん」と短い返事をした。

小さい頃は、全身まるごと抱きしめてあげられたのに/ 娘のトースト 7話の画像1

「あ、降ってきた。濡れなくてよかったね」

フロントガラスに小さな雨粒がぶつかる。「うん」と、助手席の唯が返事をする。朝と変わらない調子で。

「唯ちゃん、なんだかずっとおとなしかったよ。学校で何かあったのかしら?」と、迎えに行った玄関先で母も心配そうに耳打ちしてきた。

「話聞いてみるね」と答えたものの、一体なんて切り出せばいいんだろう。「何かあった?」と聞けるのなら、もうとっくに聞いている。

「夜ごはん、なんだった?」

だんだんと雨が強まり、雨音とワイパーの音が車内に響く。

その音にかき消されそうな声で、唯が「春巻き」と答える。

「いいなあー、おばあちゃんの春巻き」

大きな声でうらやましがってみたけれど、唯は何も言わない。ちらりと横を見ると、膝に置いた両手の爪をずっといじっている。

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カフェオレ


最近ずっと機嫌がよかったのに、一体どうしたんだろう。

考えながらハンドルをきると、「……おいしかったよ」と小さく答える唯の声が聞こえた。

元気がないのは確かなのにちゃんと答えてくれるのがかわいらしくて、私は、少しだけほほえんだ。

話したいこと聞きたいことは山ほどあった。でも、何も言えずに、私は車を走らせる。

交差点の赤信号で停車する。家までもう少しだ。

「ねえ、ちょっとお腹すいちゃって。コンビに寄ってもいい?」

もう少し同じ空間にいたくて、提案する。さっき店でカップラーメンを食べただけで、ちょっと物足りないのも本当だった。

信号が青になり、交差点を曲がってすぐのコンビニに車を停める。

「何かほしいものある?」

「……カフェオレ」

車を出て、雨の中を小走りで店内に入る。お茶と鮭のおにぎり、それからカフェオレを買って、車に戻る。

わずかな間に一段と雨が強まってきた。走って車に向かう途中、うなじに大きな雨粒が当たり、思わず「痛」と声が出る。

「すごい降ってきたねー!」

あわてて車に乗り込むと、「ママ、ビショビショじゃん」と唯がポケットからハンカチを取り出した。

「大丈夫、ありがとう」

言われるほどビショビショではなかったけれど、嬉しくて、濡れた首すじをぬぐった後も腕や足のあたりを何度もふいた。

そんな自分がおかしくて、ふふっと笑いがこぼれる。

「なに?」

「なんでもないよ。はい、これ」

ハンカチと一緒に、袋から取り出したカフェオレも渡す。

「ねえ、今、飲んでいい?」

受け取った唯が、私に聞く。

「いいよ、ママもおにぎり食べちゃお」

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花束の依頼

食べている間にも、雨は強さを増していく。

ほんとすごい雨、と言って、フロントガラスから外を見る唯の表情は、さっきまでよりずいぶんゆるんでいる。

今なら、言えるかもしれない。

「あのね、唯。ひとつお願いがあるんだけど」

ストローをくわえたまま、唯がこちらに顔を向ける。

「中村さんにね、花束をつくってあげてほしいの。今度、結婚式をするんだって」

「へー、中村さん、彼女いたんだ」

驚く唯の顔をちらりと見て、私はおにぎりをしっかりと飲み込み、話を続ける。

「彼女じゃなくて、彼氏、かな。中村さん、男性とつきあってるんだよ」

ズズ、と唯のストローが音をたてた。

視線を向けると、唯は、ゆっくりとストローから口を離した。

「それで、その人と結婚式を挙げることになってね。結婚って言っても、法律的なものとはちがうみたいだけど。ママ、その時のお花の仕事をお願いされてるんだ。それで、中村さん、唯に、ご両親に渡す花束をつくってほしいんだって」

「……なんで?」

「前に唯がつくった紫陽花とトルコキキョウの花束がすごく気に入ったみたい」

しばらく私を見つめていた唯は、静かにうなずくと、「わかった」とつぶやき、また黙り込んだ。

空になったらしいカフェオレのカップを、確かめるようにゆっくりと何度も振る。

「すごいね、中村さん。男の人と結婚するんだ」

「うん」

降り続く雨をじっと見ながら話す唯に、私も静かに返事をする。

雨は止むどころか、ますます強くなっていく。

雨音が鳴る車内は不思議とシンとしていて、ささやくように話すお互いの声もすごく近くで響く気がした。

「いいな」

ポツリと、唯が言った。

「でも、みんながそういう人と出会えるわけじゃないもんね」

雨を見つめて、唯は続ける。

「…あの時のね、手紙。あれ、ありさには渡せなかったんだ」

私はその横顔を見ながら、ただ唯の言葉を聞く。

「でも、中学でクラスは別れちゃっても仲良くできて。嬉しかったの」

何か言ったら、唯が話すのをやめてしまいそうで、私は黙ったまま小さくうなずいた。

「私が好きだってこと、絶対わかってたんだと思う。一緒に帰ろうって言ってきたり、たくさん話したり、手もつないだりしたし……」

私は、公園で見た2人のキスを思い出す。

「でも、なんか、向こうは、好きとかじゃなかったみたい」

私を見た唯は、困ったように笑った。

なんだか大人になってしまったようなその笑顔に、胸がぎゅっとなる。そう感じた次の瞬間、唯の顔がぐしゃぐしゃにゆがんだ。

「本当は、好きな男子がいるんだって」

小さく叫ぶように言って、唯は泣いた。声をかみ殺し、全身を震わせて。

何を言えばいいのかわからず、私はただ「唯、唯」と繰り返しながら、左手をそっと肩に置いた。

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雨音


ああ、なんて、なんて不便なんだろう。

もっと小さな子どもだったら、全身まるごと抱きしめて、「大丈夫、大丈夫。いい子、いい子」そう言うだけで、安心させてあげられたのに。

肩に置いた手を離し、私は唯の頭をそっと撫でる。

手のひらから熱くなった体温が伝わって、私は赤ちゃんだった唯を思い出す。あの頃も、びっくりするくらい体を熱くして、泣いていた唯。

「周りの子たちも、みんな好きな男子がいるの。つきあってる子たちもいるんだよ。私は、全然、興味ないのに。ママも、あの手紙、びっくりしたでしょう?イヤだった?」

何か言おうと開いた口に、涙が入り込んで、しょっぱい。いつの間にか、私の顔も涙まみれになっている。

なんて言ったらいいんだろう。話したいことも聞きたいこともたくさんあったはずなのに、こんな時にかぎって何も言葉が出てこない。

「……そんなこと、ないよ」

やっと出した声は、かすれてガラガラだった。のどのあたりで、涙と言葉と、なんだか熱いものが絡まっている。

私は、それを飲み込んでしまいたくて、ドリンクホルダーからお茶を手に取り、ごくごくと飲み干す。

「ああーーーーーーーー!!」

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目をつぶって思い切り叫ぶと、それに負けまいとするかのように雨音が強まった。

外は、もう豪雨だ。目を丸くした唯に、私は涙を流したままの顔で笑いかける。

「イヤだなんて、あるわけないでしょ。ママの方こそ、何もできなくて、ごめんね」

唯は相変わらず驚いた顔をしている。

「ねえ、唯も叫んでみたら? ほんの少しは、すっきりするかも。それで、すっきりしたら、ママが恋のアドバイスをしてあげる」

「何それ」

驚いたせいか、すっかり泣き止んだ唯は、声を出して笑う。

「ママだって大人だから、少しは役にたつかもよ」

「中村さんにフラれたクセに?」

「なにそれ、そういうのじゃないよ!あれは、山口さんが勝手に言ってただけで……」

そこまで言うと、私の言葉をさえぎるようにして唯が叫んだ。「ああああーーーーー!!」あふれる声が、雨に包まれた車内に響き渡る。

「ほんと、ちょっと、スッキリしたかも」

そう言った頬には、まだ涙が光っている。

それでも、唯は、楽しそうににっこりと笑っていた。

次回、ついに最終回!「中村さんの結婚式を経て、庸子と唯はどんな再スタートを切るのか?」

小さい頃は、全身まるごと抱きしめてあげられたのに/ 娘のトースト 7話の画像6

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この記事を書いた人
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狩野ワカ

ライター/エッセイスト。自由奔放な2歳の娘と娘溺愛の夫との3人暮らし。フリーペーパーやWebにて、取材記事・エッセイを中心に執筆しています。...

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